はい。
ボフスラフ・マルチヌー(*)も、エルネスト・ブロッホと同じ年に他界しており、
本年が没後50年にあたります。
((*):「マルティヌー」と「マルチヌー」、どちらが原語発音に「より近い」のか、不勉強でよくわかりませんが… 「ニューグローヴ世界音楽大事典」(日本版)では、「マルチヌー」の表記になっておりますので、ここではそれに従っておきます。
各媒体でも、「マルチヌー」の表記が多くなってきているように感じられますし… 「日本コロムビア」では、かなり以前から「マルチヌー」の表記でしたね。)
さてこの作曲家、とにかく速筆多作な人でしたので… (約400曲もの作品があります)
聴いても聴いても、あらゆるジャンルに、未聴の作品がまだまだある。
とても「全体像をつかみ得た」という感じがしない。
未だにそんな感じなのですが、
どうやら、「すばらしいオペラ作家である」らしい、ということが、おぼろげながら分かってきました。
「ジュリエッタ」、「ミランドリーナ」… などなど、いくつかの作品を聴いてきましたが、やはり第一に挙げるべきは、
晩年の傑作、「ギリシャ受難劇」でしょう。
ギリシャの文豪、ニコス・カザンザキスの「ふたたび十字架にかけられるキリスト」(あるいは、「キリストはふたたび十字架に」)を原作とします。
ニコス・カザンザキスは、映画に詳しい方々にとっては、「その男ゾルバ」の原作者、と言ったほうが話がはやいかも知れません。(ちなみに、こちらの映画には、ギリシャのミキス・テオドラキスが音楽を付けています。)
(劇中における)現実世界、
劇中劇(劇中で登場人物たちが上演しようとしている劇)、
そして(登場人物たちにとって歴史的・宗教的事実である)イエス・キリストの受難。
これらが交差する、暗示的で、少々手の込んだストーリー。
作曲者自身が台本を作成した、とのことですが、大変な執念です。(マルチヌーが単なる速筆多作だけな人、という安易な先入観は、これで完全に吹き飛んでしまいます。)
よくぞ2時間ほどのオペラにまとめあげましたね(原作者もその才能に驚嘆した、とのことです)。
台本の日本語対訳が手元にありませんので、「日本マルチヌー協会公式HP」に掲載されている対訳と照らし合わせながら、
何度もマッケラス盤(スプラフォン)を聴いているところです。
まだまだ咀嚼しきれていませんが、ようやくいくつかの楽想が、耳にこびりつくようになってきました。
さて、以前にも書きましたが、晩年のオーケストラ作品の中で特筆されるべきは、
やはり「交響的幻想曲」(交響曲第6番)でしょう。
曖昧模糊とした曲想、
見通しのつかない形式・全体構成。
はじめて接した時は、どう聴いたらよいか分からなくて、途方にくれましたが…
何度も聴き、いろいろ文献・解説・資料を読むうちに、
「ああ、これは、人生を回顧する『夢』(*)なんだな。」
と、心にひらめくものがありました。
(*)この「夢」には、
文字通りの「夢」、この上もなく美化された、美しい、幻想的な思い出もあれば、
絶対に思い出したくもない、恐るべき「悪夢」もあります。
作曲者の深層心理にくっきりと刻印された、ありとあらゆるものを含んでいるのだと思われます。
ゆえに、非日常的・非論理的であり、はっきりした形がない。
一見、とりとめがないように見え、どのように展開するのか、見えにくい。
…それでも、心に深くうったえかけてくる、様々な楽想をもつ、
ほんとうに不思議な作品です。
晩年の作品は、みなある程度「回顧録」的な性格をもっていますが…
(そして、やみがたい望郷の念が宿っていますが…)
その中でも、この「交響的幻想曲」の、とてつもない深さは、特筆されるべきものでしょう。