カテゴリー「137.18 四条中務三郎左衛門尉頼基(1230頃-1300)への御消息文;御書」の4件の記事

「不可惜所領事」より

四条金吾殿御返事

 (不可惜所領事)

 [建治三年(1277年)丁丑(ひのとうし)七月 五十六歳御作

  与四条金吾頼基 於身延                  ]

  

 「一生はゆめ(夢)の上・明日(あす)をご(期)せず・いかなる乞食には・なるとも法華経にきずをつけ給うべからず、されば同くは・なげきたるけしき(気色)なくて此の状に・かきたるが・ごとく・すこしも・へつら(諂)わず振舞(ふるまい)仰せあるべし、中中へつらうならば・あしかりなん、」

  (「日蓮大聖人御書全集」 1163-1164p.)

  

〔通解〕

 「一生は夢の上の出来事のようであり、明日のこともわからない。どのような辛い境遇にはなっても、法華経に傷をつけてはならない。

 それゆえに、同じ一生を生きるのであれば、嘆いた様子を見せないで、私がこの陳状に書いたように少しもへつらわず振る舞い、語っていきなさい。なまじへつらうならば、かえって悪くなるであろう。」

  (「大白蓮華」 2009(平成21).5 94p.)

   ※フリガナは省略しました。

  

〔英訳〕

 "This life is like a dream. One cannnot be sure that one will live until tomorrow. However wretched a begger you might become, never disgrace the Lotus Sutra.

Since it will be the same in any event, do not betray grief. Just as you have written in your letter, you must act and speak without the least servility. If you try to curry favor, the situation will only worsen."

  ("A Warning against Begrudging One's Fief" ;

    The Writings of NICHIREN DAISHONIN , SOKA GAKKAI  824p.)

   ※適宜、改行しました。

    

 「四条金吾は、師・大聖人の仰せ通りの振る舞い、実践で、最終的には難を乗り越え、所領の加増という結果をもって、主君からの信頼を勝ち取りました。この師弟不二の精神を心に刻みたいと思います。」

 (「『四条金吾殿御返事』に学ぶ」 聖教新聞 2009(平成21).5.5(火))

  ※フリガナは省略しました。 

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「聖人御難事」より(2)

 「各各師子王の心を取り出して・いかに人をどすともをずる事なかれ、師子王は百獣にをぢず・師子の子・又かくのごとし、彼等は野干のほう(吼)るなり日蓮が一門は師子の吼(ほう)るなり、」

  (「日蓮大聖人御書全集」 1190p.)

   

〔通解〕

 「日蓮門下の一人一人は、師子王の心を取り出して、どのように人が脅そうとも、決して恐れてはならない。師子王は百獣を恐れない。師子の子もまた同じである。正法の人に迫害を加える輩は、キツネの類が吠えているようなものである。日蓮の一門は師子が吼えているようなものである。」

 (「御書をひもとく 要文123選」 14p.)
    ※フリガナは省略しました。

   

〔英訳〕

 "Each of you should summon up the courage of a lion king and never succumb to threats from anyone. The lion king fears no other beast, nor do its cumbs. Slanderers are like barking foxes, but Nichiren's followers are like roaring lions."

  ("On Persecutions Befalling the Sage" ;

       The Writings of NICHIREN DAISHONIN , SOKA GAKKAI  997p.)

    

 「仏法の哲理を語り広げる我らの行動は、民衆抑圧の日本の精神風土を揺り動かし、真に民衆を大切にする社会を創りゆく一大言論戦・思想戦なのだ。」

  (社説 聖教新聞 2009(平成21)4.28.) ※フリガナは適宜、省略しました。

  

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 ※「師子王」は、文字通り"lion king"と訳されているんですね…

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「聖人御難事」より

聖人御難事

 弘安二年(1279年)十月(一日)  五十八歳御作

 与門人等  (於身延)                より

 「過去現在の末法の法華経の行者を軽賤する王臣万民始めは事なきやうにて終(つい)にほろびざるは候はず、」

  (「日蓮大聖人御書全集」1190p.)

  

〔通解〕

 「過去及び現在の、末法の法華経の行者を軽蔑し、いやしめる権力者と民衆は、初めは何事もないようであっても、最後には滅びない者はない。」

  (「御書をひもとく 要文123選」 248p.) ※フリガナは省略しました。

  

〔英訳〕

 "In the past, and in the present Latter Day of the Law, the rulers, high ministers, and people who despise the votaries oh the Lotus Sutra seem to be free from punishment at first, but eventually they are all doomed to fall."

    ("On Persecutions Befalling the Sage" ;

       The Writings of NICHIREN DAISHONIN , SOKA GAKKAI  997p.)

   

  「この峻厳な御金言には、一つの例外もない」

   (「御書をひもとく 要文123選」 249p.) ※フリガナは省略しました。

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「四条金吾殿御返事(八風抄)」より

「 賢人とは、八風といって、八つの風に侵されない人をいうのである。八つの風とは、利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)である。八風に侵されないということは、大体の趣旨を言えば、利益があっても喜ばず、損が生じても嘆かないということである。この八風に侵されない人を、諸天は必ず守護されるのである。」

 (「日蓮大聖人御書全集」、1151p〈通解〉)

『 本抄の中で日蓮大聖人が述べられている「八風」とは、人々の心を惑わせる8つの働きのことをいう。それは、皆が望み求める「四順」と、皆が嫌がり避ける「四違」(四逆)に分かれる。

 「四順」とは――

 ①目先の利益や欲望が満たされる「利(うるお)い」。

 ②世間的な名声である「誉(ほま)れ」。

 ③人々から直接的にほめられる「称(たた)え」。

 ④心身ともに悦楽を得る「楽(たの)しみ」。

 「四違」とは――

 ①物質的に喪失や損害を被る「衰(おとろ)え」。

 ②世間から悪く思われる「毀(やぶ)れ」。

 ③直接的に悪口を言われる「譏(そし)り」。

 ④心身にわたって苦しむ「苦(くる)しみ」。』

『 人生には、順風満帆の時もあれば、思いもよらない逆風にさらされる時もある。「四順」の風に有頂天になり、自分を見失うのは愚か。「四違」の風を嘆き、自暴自棄になるのも愚かだ。

 大事なことは、環境に左右されない自分になることである。

 牧口初代会長は語った。「ひとの毀誉褒貶に左右されては、大善人とはなれない」と。

 八風が、堕落と敗北につながるのか、成長と勝利のチャンスになるか――。すべては「自分」で決まる。』

 (『7月度 男子部「教学部活」研さんのために』、男子部教学室編、聖教新聞2008.06.28)

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