カテゴリー「141.18 報恩抄(1276);御書」の3件の記事

第三十章「日蓮大聖人の知恩・報恩」より(2)

 「今度命(いのち)をおしむならば・いつの世にか仏になるべき、又何(いか)なる世にか父母・師匠をもすくひ奉るべきと・ひとへ(偏)に・をもひ切りて申し始めしかば案にたがはず或は所をお(追)ひ或はの(詈)り或はう(討)たれ或は疵を・かうふ(被)るほどに去(い)ぬる弘長元年辛酉(かのととり)五月十二日に御勘気(ごかんき)を・かうふりて伊豆の国伊東にながされぬ、又同じき弘長三年癸亥(みずのとい)二月二十二日にゆりぬ。」

  (「日蓮大聖人御書全集」 321-322p.)

   

〔通解〕

 「このたび正法流布のために命を惜しんで仏勅を実践しなかったならば、いつの世に仏になることができようか。

また、いつの世にわれ成仏して父母、師匠を救うことができようか。

このように考えて、ひとえに思い切って正法をもって国家諌暁したゆえに、思ったとおり、あるいは所を追われ、あるいは悪口をいわれ、あるいは討たれ、あるいはわが身に傷を蒙るというような迫害を受けつづけたのである。

そして、ついにさる弘長元年(辛酉(かのととり))五月十二日に御勘気を受けて、伊豆の国、伊東の地に流罪された。

しかし、それは同じく弘長三年(癸亥(みずのとい))二月二十二日に許されたのである。」

  (「日蓮大聖人御書十大部講義 第五巻 報恩抄」 328p.)

   ※適宜、改行しました。

    

 「不惜身命の行動、末法の一切衆生を救わんとの大願――その御心中には、父母と師匠への報恩の一念があられたのである。

 日蓮仏法には、その出発点から、赫々たる報恩の一念が脈打っている。このことを、私たちは心肝に染めてまいりたい。」

  (「5・3祝賀最高代表協議会での名誉会長のスピーチ㊤」 

       聖教新聞 2009(平成21).5.1.(金))

   ※フリガナは省略しました。

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第三十章「日蓮大聖人の知恩・報恩」より

 [此の事・日本国の中に但(ただ)日蓮一人計りしれり、いゐいだすならば殷(いん)の紂王(ちゅうおう)の比干(ひかん)が胸を・さ(割)きしがごとく夏の桀(けつ)王の竜蓬(りゅうほう)が頸を切りしがごとく檀弥羅(だんみら)王の師子尊者が頸を刎(は)ねしがごとく竺(じく)の道生(どうしょう)が流されしがごとく法道三蔵のかなやき(火印)をや(焼)かれしがごとく・ならんずらんとは・かねて知りしかども法華経には「我身命を愛せず、但無上道を惜(お)しむ」ととかれ涅槃経には「寧(むし)ろ身命を喪(うしな)うとも教を匿(かく)さざれ」といさめ給えり、]

  (「日蓮大聖人御書全集」 321p.)

   

〔通解〕

 [このこと(世の不幸の根本原因は邪宗教にあること)は、日本の中に、ただ日蓮一人のみが知っているのである。

もしこのことを世間にいうならば、殷(いん)の紂王(ちゅうおう)が諫言(かんげん)した比干(ひかん)の胸を割(さ)いたように、夏(か)の桀王(けつおう)が同じく竜蓬(りゅうほう)の頸(くび)を切ったように、また檀弥羅王(だんみらおう)が師子尊者の頸をはねたように、また竺(じく)の道生(どうしょう)が蘇山(そざん)に流されたように、法道三蔵が顔に焼き印を押されたように、大迫害をうけるであろうことは、かねてから知っていたが、

しかし、法華経には「我れ身命を愛せず、但(ただ)無上道を惜しむ」と説かれ、涅槃経には「むしろ身命を喪(うしな)うとも、正法を匿(かく)していてはいけない。いいきらなければならない」といましめられている。]

  (「日蓮大聖人御書十大部講義 第五巻 報恩抄」 327-328p.)

     ※適宜、改行しました。

   

 「日蓮は、釈尊の精神から逸脱した仏教界やこれと結託した邪悪の権力に対して、断固として闘い抜きました。比干や竜蓬と同じ正義の生き方を貫きます。そして、日蓮の一門を迫害した人々には、必ずや傑王や紂王の如く、身の破滅と国家の滅亡が待っているであろう、と警告するのです。」

  (「生活に生きる故事・説話 ――日蓮の例話に学ぶ―― (中国・日本編)」 若江賢三・小林正博 共編 第三文明社 レグルス文庫 195p.)

   

 [なかんずく、巍々堂々たる太行山脈に抱かれた、貴大学の立つ景勝の新郷市は、「古代第一の忠臣」と讃えられる比干が眠る天地でもあります。

 祖国のため、民衆のために、迫害を恐れず、命を賭して、正義を叫び切った、その崇高なる人生の劇は、私どもの信奉する日蓮仏法においても、「賢人」「報恩」の手本として、繰り返し賞賛されております。

 わが恩師も、日本の軍国主義と戦い抜いて獄死した、創価教育の父・牧口常三郎先生と重ね合わせて、私たちに語ってくださっておりました。]

  (「河南師範大学」からの「名誉教授」称号授与式での、池田名誉会長の謝辞 

           聖教新聞 2009(平成21).4.25(土)) ※フリガナは省略しました。

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第一章「報恩の道理を明かす」

報恩抄

                         日蓮之を撰す

 〔建治二年(1276年)七月二十一日 五十五歳御作

  与浄顕房・義浄房 於身延             〕

  

 「夫れ老狐(ろうこ)は塚をあとにせず白亀(はくき)は毛宝(もうほう)が恩をほう(報)ず畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや、されば古への賢者予譲(よじょう)といゐし者は剣をのみて智伯が恩にあてこう(弘)演と申せし臣下は腹をさ(割)ひて衛(えい)の懿公(いこう)が肝(きも)を入れたり、いかにいわうや仏教をならはん者父母・師匠・国恩をわするべしや、」

  (「日蓮大聖人御書全集」 293p.)

 

〔通解〕

 「そもそも、老いた狐は、生まれた古塚を忘れず足を向けないと言われ、また、毛宝(もうほう)に助けられた白い亀は、後に戦いに敗れた毛宝を背に乗せて助け、その恩に報いたという。

 畜生ですら、このように恩を知る。まして人間が不知恩であってならないのは当然である。

 故に、昔の中国の賢者・予譲(よじょう)と言う人は、主君・智伯(ちはく)の恩に報いようとして、剣をのんで死んだ。また衛(えい)の弘演(こうえん)は、主君の懿公(いこう)が戦死した時、主君の恥をさらすまいとして、自分の腹を割いて、懿公の肝を入れて死んだ。

 まして仏法を習う者が、父母、師匠、国の恩を忘れてよいわけがあろうか。」

  (「大白蓮華」 2009年4月号 66p.) ※フリガナは適宜、省略しました。

    

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御書に引用されている、インド、中国、日本の様々な故事、エピソード、などについて、

より詳しく学びたい方のために、書物を紹介しておきます。

  

「生活に生きる故事・説話 ――日蓮の例話に学ぶ―― (インド編)」

「同 (中国・日本編)」

 若江賢三・小林正博 共編、 第三文明者 レグルス文庫

    

予譲については、同書中国・日本編の53p.~に、

弘演については、同じく中国・日本編の166p.~に述べられています。

  

(この予譲、弘演については、「一谷入道御書」(1326p.)でも触れられています。

また、弘演については、「四条金吾殿御消息」(1113p.)でも触れられています。)

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